英誌アジア人選手ベスト50をまとめて紹介(1)

英サッカー専門誌「442」は、毎年恒例となっている「アジア人選手ベスト50」企画を実施。世界でプレーする全てのアジア人選手を対象に、カウントダウン形式で発表された。登録したベスト50のサッカー選手の中で、日本が16人、イランが9人、韓国が7人、オーストラリアが5人、サウジアラビアが4人、シリアが2人、アラブ首長国連邦が2人、そして朝鮮、タイ、ウズベキスタン、カタールがそれぞれ1人に選出された。

今日は、アジア人選手ベスト50の履歴、選手としての特徴などについて簡単に紹介する。

1位:ソン・フンミン (韓国)

孫 興慜(ソン・フンミン )は、大韓民国出身で同国代表のサッカー選手。身長が183cm。ポジションはフォワード。トッテナム・ホットスパーFC所属。大韓サッカー協会年間最優秀選手賞を獲得。AFCアジア年間国際最優秀選手に選定。

クラブ経歴:2010年1月、ハンブルガーSVへ正式に移籍した。2013年6月、 バイエル・レバークーゼンへ移籍した。2015年8月28日、5年契約でイングランドの トッテナム・ホットスパーへ移籍した。

代表経歴:2010年末、AFCアジアカップ2011のメンバーに選出され、12月30日、シリアとの親善試合で代表デビュー。2014 FIFAワールドカップでは韓国代表として3試合に出場し、アルジェリア戦で得点した。

選手としての特徴:類稀な技術と俊敏性、判断の速さのため、得点能力が高い。

2位:アーロン・ムーイ (オーストラリア)

アーロン・フランク・ムーイは、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州シドニー出身のサッカー選手。身長が175cm。ポジションはミッドフィールダー。ハダースフィールド・タウンFC所属。

クラブ経歴:2010年10月、出場機会を求めスコットランドのセント・ミレンFCへ移籍。2014年5月、同じくAリーグのメルボルン・シティFCへ移籍。2016年6月、マンチェスター・シティFCと3年契約を結んだことが発表され、その直後にフットボールリーグ・チャンピオンシップ(2部)のハダースフィールド・タウンFCへ期限付き移籍することが決定した。

代表経歴:2015年以降は代表に招集される機会も増え、2018 FIFAワールドカップ予選のメンバーにも名を連ねている。

3位:アリレザ・ジャハンバフシュ (イラン)

アリレザ・ジャハンバフシュは、イランのプロサッカー選手。身長が180cm。サッカーイラン代表。同U-23代表、元同U-20代表。ポジションはFW(右ウイング)、MF。オランダ・AZアルクマール所属。

クラブ経歴:2013年にSCダーマーシュから、オランダのNECナイメヘンに移籍。

代表経歴:AFC U-19選手権2012ではキャプテンをつとめる。チームはベスト8。2014 FIFAワールドカップの代表メンバーに選出された。代表メンバー中最年少である。

4位:香川真司 (日本)

香川 真司は、兵庫県神戸市垂水区出身のプロサッカー選手。日本代表。身長が175cm。ブンデスリーガ・ボルシア・ドルトムント所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。

クラブ経歴:年が明けて2006年にC大阪に加入した。2010年7月1日、ブンデスリーガ1部のボルシア・ドルトムントに移籍した。2012年6月5日、イングランド・プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッドFCへ完全移籍した。2014年8月31日にボルシア・ドルトムントへの復帰が発表された。2020年まで香川がブンデスリーガ・ボルシア・ドルトムント所属。

代表経歴:2008年に平成生まれの選手として初めて日本代表に選出され、同年5月24日のキリンカップにおける対コートジボワール戦で国際Aマッチデビューを飾った。同年10月9日のキリンチャレンジカップの対UAE戦では日本代表史上3番目の若さで代表初得点を挙げた。2011年1月、アジアカップ・カタール大会の代表メンバーに選ばれ、準々決勝の開催国カタール戦ではともに1点リードされている状況から2得点を挙げ、伊野波雅彦の決勝点もアシストする活躍で日本代表の準決勝進出に貢献した。2011年8月に行われたキリンチャレンジカップ2011の韓国戦で代表復帰し、2得点を挙げる活躍を見せた。2014年5月12日にW杯ブラジル大会の日本代表メンバーに選出された。アジアカップ2015では全試合インサイドハーフで起用され、グループリーグ第3戦ヨルダン戦では代表9試合ぶりの得点を決めた。

選手としての特徴:攻撃面では類稀な技術と俊敏性、判断の速さ故の得点能力の高さを有したセカンドトップないしインサイドハーフである。フィジカルと守備力が上手。

5位:マシュー・ライアン(オーストラリア)

マシュー・デヴィッド・ライアンは、オーストラリア・プランプトン出身のサッカー選手。オーストラリア代表。身長が184cm。ポジションはゴールキーパー (GK) 。ブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFC所属。

クラブ経歴:

代表経歴:ロンドンオリンピック・アジア予選のイラク戦でU-23代表デビュー。2012年2月21日、2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選のサウジアラビア戦で初招集されるも出番はなかったが、12月5日の東アジアカップ2013予選2次ラウンド北朝鮮戦でオーストラリア代表デビューをした。2013年11月6日に偉大なる守護神マーク・シュワルツァーが代表引退をしてからの正統後継者である。

6位:オマル・アブドゥッラフマーン (アラブ首長国連邦)

オマル・アブドゥッラフマーンは、サウジアラビアのリヤドの生まれ、イエメン系。アラブ首長国連邦のサッカー選手。身長が173cm。ポジションはミッドフィールダー。アラビアン・ガルフ・リーグのアル・アインに所属し、UAE代表にも選出されている。日本語では、「オマル・アブドゥルラフマン」と表記されることがある。

クラブ経歴:

カレド・アブドゥッラフマーン、ムハンマド・アブドゥッラフマーンの弟として生まれる。彼らもアル・アインFCで共にプレイするサッカー選手であり、ムハンマドとは代表でも共にプレイしている。

サウジアラビアでハドラマウト人の子として生まれた。そのため、少年時代はアル・ヒラルの下部組織に所属していた。国籍を保持していなかったため当初はサウジアラビアから誘いを受けたものの、オマール以外の家族への市民権付与が拒否されたことで断りを入れている。後にUAEが家族全員に国籍を与えることを提案し、これを受託した。

2000年にアル・ヒラルのユースチームでキャリアをスタートさせ、2007年にアル・アインFCのユースチームに移籍。2008年にトップチーム昇格した。

2009年に前十字靭帯を断裂したものの、2010-11シーズンは若くしてアル・アインのレギュラーポジションを獲得、高い評価を得た。2011年にふたたび大怪我で離脱するも評価は落ちることなく、復帰後はマンチェスター・シティでのトライアルを受験し、ビザの問題などで実現はしなかったものの好感触を得たと言われている。

2015年2月21日、「アル・アインとの契約を延長した」と自身のツイッターで発表した。本人から契約期間は明かされていないものの、メディアでは2019年まで4年間が追加されたと考えられており、これによりアジア屈指のスターが欧州で活躍する可能性は低くなったと伝えられた[3]

代表経歴:アラブ首長国連邦代表として2010年にA代表デビューを果たした。2010年には若くしてアジア大会に出場し、決勝戦で日本代表と戦い敗れたものの準優勝。AFCアジアカップ2011にも出場した。「黄金世代」と呼ばれたチームの中心として2012年にはロンドン五輪出場を果たし、グループリーグ敗退もテクニックを見せつけ、マンチェスターシティーやバルセロナのスカウトを唸らせた。さらに2013年にはガルフカップでUAEを優勝に導きMVPに選ばれた。また、個人ではアシスト王(4アシスト)に輝き、大会ベストイレブンに選出されている。

7位:マシュー・レッキー (オーストラリア)

マシュー・アラン・レッキーは、オーストラリア・メルボルン出身のサッカー選手。ブンデスリーガ・ヘルタ・ベルリン所属。オーストラリア代表。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。

クラブ経歴:オーストラリアのブリーン・ライオンズのユースチームでキャリアをスタートさせ、ビクトリア州リーグ2部を戦うトップチームに昇格。2009年9月2日、アデレード・ユナイテッドに2年契約で移籍。9月28日のメルボルン・ビクトリー戦で75分から出場しAリーグデビューを果たした。2010年2月24日、自身初となるAFCチャンピオンズリーグ2010でハインドマーシュ・スタジアムに前年王者浦項スティーラースを迎えた試合で決勝ゴールを決めると、続く山東魯能泰山足球倶楽部戦で2ゴール目を決め2-0の勝利に貢献。この活躍からオーストラリアの最高の若手選手の1人として見られるようになった。2010-11シーズンは、最初の5試合で2ゴールというパフォーマンスをみせ、賞賛された。シーズン終了後にドイツのボルシア・メンヒェングラートバッハに移籍。2011年7月9日、アバディーンとの親善試合で移籍初ゴールを含め2ゴールを決め、5-2の勝利に貢献した。

代表経歴:2009年8月、AFF U-19ユース選手権のメンバーに選ばれると、準決勝の開催国ベトナム戦で先制ゴールを決め4-1で勝利した。翌年のAFC U-19選手権2010では準優勝し、2011 FIFA U-20ワールドカップの出場権獲得に貢献した。2012年11月14日、ホルガー・オジェック監督に韓国との親善試合に招集され、途中出場でデビューをした。2013年10月15日のカナダとの親善試合で代表初得点を挙げた。

8位:オマル・フリービーン (シリア)

オマル・フリービーンは、シリアのプロサッカー選手。サウジアラビアのアル・ヒラル所属。ポジションはFW。サッカーシリア代表、同U-23代表、元U-20代表。日本の報道では、オマル・フリビン、オマル・ハルビンと表記されることがある。

代表経歴:U-20代表では、U-20アラブカップ2012などに出場。AFC U-22選手権2013出場、シリアが大会初優勝した西アジアサッカー選手権2012の優勝メンバーである。

9位:サルダル・アズムン (イラン)

サルダル・アズムンは、イラン・ゴレスターン州のゴンバデ・カーブース出身の同国代表サッカー選手。ポジションはFW。イランのメッシと呼ばれることもある。ロシア・プレミアリーグ・FCルビン・カザン所属。

クラブ経歴:

代表経歴:

10位:レザ・グーチャンネジャード (イラン)

レザ・グーチャンネジャードは、イラン・マシュハド出身の同国代表サッカー選手。エールディヴィジ・SCヘーレンフェーン所属。ポジションはFW。グッチと呼ばれることもある。日本語では「レザ・グーシャネジャド」と表記されることがある。

クラブ経歴:イランのマシュハドに生まれたグーチャンネジャードは1995年幼少の頃に家族と共にオランダへ移住し、レーワルデンを拠点とするLACフリジア1883, SCカンブール・レーワルデンの下部組織を経て、2005年にSCヘーレンフェーンのトップチームに昇格した。2006年4月、ホームのAZアルクマール戦でフェルナンド・デルフェルトに代わりデビューを果たし、同シーズンの冬に、シーズン終了までの期限でゴー・アヘッド・イーグルスに貸し出された。シーズン終了後にヘーレンフェーンに復帰するもエキシビジョンマッチで重傷したため出遅れ、リハビリ後もファーストチームに入れずにいた。翌2008-09シーズンも同様のことが続いたため、冬にFCエメンへ貸し出された。2009年夏、ヘーレンフェーンから放出された後にエールステ・ディヴィジのゴー・アヘッド・イーグルスへと加入し、同シーズンの冬にSCカンブール・レーワルデンと2年半の契約を結んだ[2]。カンブールでは、1月22日のSCフェーンダム戦でデビューすると、開始わずか9秒後に初得点を決め幸先の良いスタートを切ったが、マルク・デ・フリーズの存在からウィングとして起用された。また、途中出場としての役割が多く、出場13試合にフェーンダム戦とFCオスで挙げた2得点に終わった。2010-11シーズンは、2011年2月24日のFCエメン戦でキャリア初のハットトリックを達成し、シーズンを通して13得点を挙げた。2011年6月7日、ベルギー・ジュピラーリーグのシント・トライデンVVへ3年契約で移籍。強豪クラブ・ブルッヘ相手に初得点を決めると、負傷により数週間戦線離脱を余儀なくされたにもかかわらず22試合11得点と活躍したことから、同シーグの他クラブやオランダ・エールディヴィジやドイツ・ブンデスリーガなど他国のトップリーグからも関心を寄せられた。また、チームが昇格・降格プレーオフの末に降格したことから可能性が高まった。2012年8月31日にスタンダール・リエージュと合意に達し[3]、2013年1月に3年半の契約で正式に移籍した。2014年1月31日、チャールトン・アスレティックFCに2年半契約で完全移籍。2016年6月22日、ヘーレンフェーンに復帰した。

代表経歴:U-19オランダ代表でプレー経験があったものの、祖国イラン代表に参加する資格があったグーチャンネジャードは、カルロス・ケイロス監督の下で2012年10月16日に行われた2014 FIFAワールドカップ・アジア予選の韓国戦でイラン代表としてデビューし、1-0で勝利した。2013年2月6日のアジアカップ予選・レバノン戦で代表初得点を含む2得点を挙げた。その後2014 FIFAワールドカップ・アジア予選ではカタール戦と韓国戦で決勝点となる1点を挙げ、イラン代表をワールドカップ出場に導いた。

10位以下はまた後日!

なお10位以下は次の通り。

11位 酒井宏樹 日本
12位 
13位 
14位 
15位 武藤嘉紀 日本
16位 長谷部誠 日本
17位 久保裕也 日本
18位 
19位 乾貴士 日本
20位 
21位 岡崎慎司 日本
22位 
23位 
24位 小林悠 日本
25位 
26位 中村憲剛 日本
27位 
28位 
29位 
30位 吉田麻也 日本
31位 
32位 
33位 
34位 
35位 
36位 
37位 
38位 
39位 
40位 
41位 
42位 本田圭佑 日本
43位 
44位 
45位 
46位 
47位 
48位 
49位 チャナティップ・ソンクラシン タイ
50位 中村航輔 日本

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